2008年2月19日 (火)

痛み

倅が私の「功夫」が見たいという。確かに昔だったらちっとその辺のものなどを取り出しては割ったりして見せたりしたかも知れない。しかし、今は見せることすらできるかどうか…

功夫といえば「硬功夫」がやっはり説得力がある。それだけで見ている者たちを納得させることができる。

もうひとつは「放力」などのような相手を吹っ飛ばすもの。これも相手が派手に飛べば飛ぶほど説得力がある。

いずれにしても本物と偽者があるから、本来なんとも評価が難しいシロモノだ。仕込があってもいいし、実際のすごさがアピールできてもいい。

さて…倅は実戦カラテなるものをやっているので私の拳技に興味を示す。

Huoyongli034まあいろいろネットで見たんじゃないかな?

やってみてほしい…もしできるなら・・・

そんな風に言われてもね…

硬功夫なんてとんでもない!相手を吹っ飛ばす!絶対無理!

しょうがないから「推手」をば…こんな感じにやるのよとある程度教えて、じゃっどうぞと…

「剛力凌空」の名の通りに往し気取られず押す…太極拳なんかじゃ双推手というのがあるが私のはそれとは異とするものだ。ガンガン押す。

うちの倅が何だこれ?と言っていたが興味は示したようだ。ちょっといい気になって足をけってみろといってしまい。もろに脛に当たった・・・「痛い・・・」ちょっと腫れています。

2008年2月 5日 (火)

套路精髄

今年になって一度もさぼった事がないのが套路。已然としてジムに行くのが少ない私ですが、套路は毎日やっています。朝と夜の二回です。0

朝は仕事前に体を解す感じで「四肢伸延」「調身調息」を特に意識しながら、「一歩一拳」「至不止律」を注意して「流し?」ています。

太極拳も取り入れて、やんわりやんわりやると体の細胞のいたるところが覚醒するのがわかりますよね。ちょっとした充実感がありますね。

1夜は仕事でこわばった体に血脈を送り込むようにします。形意拳が中心で「一歩一拳」「一歩両拳」とグレードを上げていきます。「連環」「八式」「鶏形四把」…曜日によっては「八手」とかしますがどちらかと言えば「槍」「単刀」を多くやっているかも知れませんね。

昔と大きく変わったことは、套路に対する意気込みが変わったこと。雑念がなくなったと言うか…集中力がついたと言うか。

でも体動かすと言うのは本当にいいですね。体調がわかる。

調子のいい日、悪い日、注力のない日ある日、そういう中で年齢と言うものを重ねているのだと最近は思うようになりました。仕事に対する取り組みが少し変わったような気もします。

2007年12月26日 (水)

クリスマス

クリスマス~が国民的な行事となって我が家でケーキなどを食べたのは私が高校生になろうかという頃だったように記憶している。

しかしながら私は子供の頃「日曜学校」なる教会の行事に毎週参加していた経験があり、クリスマスと言うものがテレビで見る世界とはちょっと違うと感じていたので、クリスチャンでもない我が家でクリスマスイベントが行われないことに何の抵抗もなかった。

いわばクリスチャンによるクリスマスの祝い方からと言うのが、私にとってクリスマスだった。

もちろんクリスマスキャロル?みたいに賛美歌を歌いにいったりしたもので…

聖なるものなんだなー…と西洋の「清明祭」みたいに思っていた。

ただ断っておくが私はリクスチャンではない。教会に通っていたのは、憧れの小姐に会うためであった。とはいっても落ち着きがないはしゃいでばかりの能天気な私は彼女のメガネにかなうはずもなかった。はっきりいって三枚目と言うわけである。

いつしか引越しと共に教会には行かなくなり、はかない恋の物語も消えていった。

時が過ぎ…いつしかクリスマスにはカーネルおじさんが主流になり、埴輪顔のミュージシャンの歌が席巻していた当たりから、私の周りにもクリスマスが迫ってきていた。

クリスマス…いつしか神と平和への祈りから愛を語らう恋人たちのイベントになっていたような気がする。公の大儀から個の小儀へ…。我々が心穏やかにいられるのは恋人と共に祝うことができるのは、その住む世界が平和だからこそ。

平和を望まぬ人などいない。でもそれがかなわない人々や子供たちが世界のどこかにいる。我々の祖父母たちの時代もそうであった。そして今は平和である。いま平和でない国や地域に住む人々の未来に今日の私たちのような平和が一日でも早く訪れて欲しいと心底願うものである。

クリスマスはそんな日であって欲しいと思う。

私はクリスチャンではないが、昔神父がいった言葉を胸にこの日はいつも祈りをささげている。

「世界の人々に祝福が与えられんことを・・・」と

2007年12月21日 (金)

好きな飲み物

私は酒が大好きである。所謂「酒鬼」なんですが。私も歳なのでしょうか・・・琉球鬱金なるもののお世話になっている有様。

そんな私がはまっている飲み物、それは・・・

「セルベッサyトマト」・・・ビールとトマトジュースのカクテル。

なんか「レッドアイ」というカクテルがあるらしいのですが、そんなこと知らない私。キューバ人の友達から教えてもらっいました。

はじめは「えぇぇぇ」と思ったのですが、これがいけるいける。トマトジュースは無塩無添加のものがグッド!さっぱりしてて飲みやすくビールの苦さもそこそこ。ビールとして飲むのではなくまったく違うジャンルを楽しむって感じですね。

血圧が気になりでしているところだったので「リコピン」を摂取できるとなれば一石二鳥とはこのこと!

ほとんど毎日飲んでいる始末でございます。

本当にうまい!ちょこっとレモンを添えて飲んだらまた格別!これは知り合いのバーテンダーさんが作ってくれたときに教えてもらった次第。

トレーニングに行った後、自宅で自分で作って飲む。体調に合わせて配分をいささか変えると、ぐっとうまみが増すことも覚えました。

我が倅も時々作ってくれたりします。ですが彼はまったくアルコールに興味がないようです。年頃だと思うのですが。

親が親だからでしょうかね・・・

私は酒乱ではありませんが、酔っ払うとはしゃぎすぎて、倅に絡みまくるそうです。

とても迷惑なんでしょうね・・・。ほどほどにしなければね。Amigo_cubano

2007年12月19日 (水)

頑張っている

 ついに子倅、席次が倍に上がった。

ここ最近頑張っているなーと思っていたが・・・30番以内に入った。確か前の学期は100何番だったような。特に美国語・数学がすごいほぼ満点に近い。美国語に限って言えば40点くらいしか取れなかったはずだ・・・とにかくすごい頑張りである。

今年、二人でcubaに行ってきた。語学は大切だなーとでも思ったのかもしれない。

でも、ちょっと違うかも知れない。

私と同じ仕事の道に進みたいと言うのである。ならば美国留学しなければならない。もしかしたら本気で言っているのかもしれない。

これは私も本気で倅を応援しなければならないな・・・。

加油。儿子。

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2007年12月14日 (金)

酔いながら

今酔ってます。そんなわけで今の思いを朋友の詩に重ねて

さりげなく君の手を握っているように

している僕は暗闇の中から・・・差し伸べる悪魔のように

君の心まで蝕んでいるようで

自分を責めても責めきれない・・・むなしい気持ちになる・・・

ごめんの一言がいえなくて

ありがとうの優しさもかけきれずに

小さな自分を見つめないで・・・生きてる・・・

答えが見えなくて ただ君を見ていたかった

社会のルールを無視してでも

そばにいて欲しくって つぶやいてた  つぶやいていた

こんな自分がいつも許せなくて

見つめられている君の瞳に・・・どうしても答えたくて・・・

きみの瞳に答えたくて

支えに慣れたらいいなっと思ったりして

だめだとわかっていたとしても・・・どうしても抱きしめたくなる・・・

好きだと素直に言えない

お互いの生きている世界が壁になってる

でも僕はどうなっていもいい・・・好きなんだ・・・

答えなんかなくたっていい ただ君がいてくれたら

どんなルールがあっても構わない

今すぐに君に会いたい どうしても だめだろうけど

さりげなく過ぎ通る君の横顔を見てると

僕の中でシャッターが鳴る・・・わかるかな? わからないだろうな

どんなに君を思っていても  自分を責めている

果てしなく続く未来にあって

どんなつらい明日が待っていたとしても 君がいてくれたら・・・ 

2007年12月13日 (木)

パソコン

パソコンがこんなに不便だと改めて知った。

ハードディスクって消耗品なんだね。びっくりしましたよ。本当に

アメリカに出張に行って帰ってきたら、家族が申し訳なさそうに・・・

「対不起・・・。」「有了什公嗎?」「電脳・・・」と言うので見てみたら・・・

電源が入ってもなんか変な音と共に画面がぁぁぁぁ。出張の疲れもあり、何も沸いてこない。「不需要介意」としか言えなかった。「疲労了」の一言のみ…。

友に聞けば復元できるかもと言う。パソコンからHDDを取り出し中を見たら全滅・・・。本当にできるかと思ったが、言うとおりに彼の送ってきたソフトを使用したら、治った。

感動したね。

何よりホッとしたのは、壊した張本人である「子倅」だろう。あれから私のPCを触ろうともしない。別にいいんだけどね。HDDの寿命だったと言うことと認識しているのでね。

今は予備のノートPCで対応している。修理が済んだら、このノートあげようかな?仕事上PCは五台持っているので、別にいいんだけど。

いやいや、ちょっと今のままがいいかもしれないな。変なサイトにはまっちゃってもいやだし・・・。

とりあえず、今はバックアップ用のHDDを外付けして対応している。もうパソコンって金がかかるったらありゃしないね。

2007年10月16日 (火)

子倅

我が息子は自分で言うのもなんだが、最近よく頑張っている。

勉強の意味というか…勉強に対する心構え?姿勢が解りかけたのかもしれない。

勉学と言うからには「学問」である。自分に課せられた課題を真摯な態度で臨むことが大切なのである。それを学んで欲しい。「塾」なるものに自分から進んで入った時にはすでに志ができてきたのかもしれない。

孔子は「十五にして志学」と言った。我が子もかぞえ15歳である。何か感慨深いものがある。確か私も武術を学び、それではと学問に勤しむようになったのはかぞえ15歳であった。

ただ「勉強をしろ!」「良い点数を取りなさい!」「こんなことではろくな大人にならない」等といってもそれは見える部分でしかない。時に本質とは見えない部分がとても大せつなことがある。見えないものにちゃんと向き合うということはつまり、自分の心の世界と向き合わなければならないということである。自分の心の中の様々な自分とどう折り合いをつけるかが進むべき道を何気に進ませてくれるのである。

我が家のテレビが壊れてしばらくがたつ。

テレビなしの生活に親である私達も子に付き合うことが大切だと、わかった。

「テレビばかり見ないで!」と言ってた我々が態度を示すことなのだと。

「勉強しなければ…!」といってた我々が態度を示すことなのだと。

今、中間テストの真っ只中である。初日の昨日は?と聞いてみた。

「まぁまぁ、全部意味がわかったから…」とはにかんだ息子。

以前は「ははは…」と笑って逃げていたが、今は堂々として応えている。勉学…勉むるを知る学問を今こなしているだけだが、結果が伴うことでまた何かを学ぶであろう。

はにかんだ笑顔の向こうに自分自身の着実な進歩と成長を照れながらも感じている…瞳がそれを語っているようだった。

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2007年9月23日 (日)

キューバ沖縄100年祭

 心の故郷CUBA・・・キューバに沖縄県系人が200人ほどいるという。時代という激流にのみ込まれても歴史を刻み続けた人たちがいる。

 その人々を支援するチャリティーイベントがあり、微力ながら私も協力した。

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2007年9月18日 (火)

擒拿

擒拿(Qin-na)は小生の好きな技法でありる。

「擒」、「拿」の漢字には共に相手を捕まえるといった意味のある言葉で、「擒」には捉える、罠に掛ける、 「拿」には手指を用いて掴むといった意味がある。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』引用)

「点穴」、 「截脈」、 「閉気」、 「鉄歯」様々だが小生が得意とするは点穴と鉄歯か…

昔、少林寺拳法と交えたことから、このタイプの術にはハマッてしまった。恐るべし少林寺拳法…合気道や柔術も非常に興味を示されるものであるが、力の使い方は一様に「形而下」的な引用で理を説いているように思える。それでできてしまうことで「理解」と「暗記」を昏倒している様にもおもえた。感じて体現できてしまえばまず表現などはどうでも良い。そう思えてくる。

拿が全ての技法に含まれているというから、実際は?となるが、師は意図も簡単にやってしまう。それも「散打」で、何気に、というか適当に、いや適切に…。

柔道を中等~高等の頃やっていたせいか、拿が自然に出てくる。拿にこだわらない。拳腿撃中に自然に織り交ざってくる。「楽」だ。暫らくキックのジムに通っていたことがあるが、グローブスタイルに慣れるまで時間がかかった。「体が窮屈」を訴えていた。

「んーでも体の動きがシャープになったね」と会長に言われ、確かにコンパクトになった。結構いいことかもしれない。そんなことを感じていた。

高級なはずの技術を学んでいたはずになのに「散打」するとキックのシンプルアタックで滅多打ちにされている同胞(含我)をみて、「やはり、打撃だよね」といいたくなる。

後は根性だね。

話はそれたが、擒拿は実践の時にかなり効果を発する。試合ではどうもしっくりいかなかったりするものの、実践ではどうしていとも簡単に成立するのかな?

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  • バナナトラック
    在照相机一只手 歩行街 的那样的人変多了。 我也是那样的人的一人。

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