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昔、師が螺旋についての一つの考え方を、次のような例えで話された・・・
頑強な物でさえ転がしているうちに劣化してくることは必然である。それは物理的な亀裂でもあるし力学的な歪でもある。
我々は相対する時に常に「一貫した運動」で臨まなければならない。それは力学的には流動力学に類する。螺旋運動はこの流動が要であるが、それは見た目でもあり見た目でもない。体現されうるこれらの運動は常に変化が要求されバリエーションは宇宙的数字にも発展できる可能性を秘めている。しかし、不変の法則もそこに存在しそれらは外観ではけして計ることが出来ないものである。
心・発想の主軸は強固でなければならないが一面性に偏執的であってはならない。不偏のなかに変を持つ運動が一貫的な運動として現れなければならない。
大きなエネルギーは常に小さなエネルギーから端を発する。拡散するエネルギーはその拡大する速度でその影響力が異なる。スピードは質量と乗法して巨大な力が生れる。スピード質量の充実こそが重要ということであり、運動の繰り返しと発想の転換・進化にわ求める鍛錬よってそれが身につく。
つまりそれが「それ以上の礎」ということなのだ・・・と
今私は師の教えを反復しながら現身の堕落を律しなければならないのですね。
人生を豊かにする3原則としてよくラテンの人々は口にする
Salud(健康) Dinero(財産) Amor(愛)
サルー デメール アモール
である。私はこのはっきりした定義が好きだ。
我々人間は全て是のために生きている。
他の全てはあとからついてきているだけに過ぎない。
仕事がなくなっても、名誉を傷けられても、なじられても
健康が失われた時、財産を失った時、愛を失った時に比べたら
何とかなりそうな気がする。失った経験がないとしても
もし失ったらと…考えただけでも恐怖する。
体が腐っていく感じがする
つまり年をとってしまったということかな?
息子が私に尋ねてきた。
「今もあの頃のように、闘える?」
私は答えた。
「昔、私の師が言った。"大砲を撃つには丈夫な砲台が必要なのだよ"とね。今の私は、砲台が錆付いているだろう。今撃ったなら自分も只では済まされないだろう。」
私の師は「日々是鍛錬」と常々言っていた。この意味がこの歳になってわかるとは…。
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