拳学に勤しんでいた頃、何の迷いもなかったといえばウソだ。
師について言えば、100%信じていた時期もあったがやはりそれは長く続かなかった。実際の立会いの中で師から学んだ立ち技は無残にも痛い思いを強いられる結果となっていた。「無駄なこと?」と鼻血をぬぐいながら考えていた。鼻が曲がって脇の痛みは骨まで達した衝撃痕を容易に感じ取った。知るためのリスク…習ったものの実践性を知るために。
怪我をした我を見て師は、「まだ早い」とも「未熟なくせに何をしているのか」とも言い、我をいさめた。強くなること…そう拳撃戦に強くなることが私のこの世界にいる最大の理由だ。それ以外に何もなかった。猛者は世界中にいる。きりがない。一番強くなることではなかった。強くなるには「己」に対して強い意思をぶつけていくこと。そう信じていたのかもしれない。師を信じるより己の信じるものに依ることだということだ。
結果として我は師と決別した。そのきっかけとなったのは、ある師に出会ったためである。
その師はそれまでのわが師の師翁に当たる人物。無断でその師に会いに行った。破門覚悟である。
その師翁は我が出門を訊くと全てを察したように…「暫く一緒に鍛錬しなさい」と声をかけてくれた。我はそれに甘んじ師についていった。
師翁の技は、かの師の言いたかったものを全て体現していた。「かの師はこれが言いたかったのだ!」とすぐに分かった。それと同時にかの師が体得したかったものであったとすぐに察することができた。「師も我と同様迷っておられたのだろう」と。
師翁は「擂台の天才」と謳われた名手で疾風の如き凄まじい速さは相対すれば分かる。打ち抜かれた衝撃は体の反対側に伝わり苦痛となる。どこをたたかれかも理解不可能なまま気付けば地面と顔がくっついている。
衝撃…まさに身体にも精神にも衝撃が走った。
これだ!これだったんだ!
師翁はニヤニヤと笑みを浮かべながら楽しそうに弟子達をばたばたと打ち抜く。もう滅茶苦茶である。我とて武士の端くれとばかりに再起。挑むが凌ぐ事すら空しく宙を舞い地に平伏すこととなった。それまで10年も武術を修行してきたものが全て無駄だったと思えるほどだった。
己の信じるものに適合した世界観がそこにあった。
師翁はかの師のことをこう言った。「彼はまだこの世界を知らない。」続けて「誰かががここに来ることは決まっていたこと。ただそれがあなただったと言うことだよ」
我は師翁に師事したいと申し入れた。師翁は快諾してくれた。
「あなたが学んだものは私と同系列なのだから、何の問題もない。彼に気兼ねしなくても良い。彼は私に何も言うことはできないのだから。」
我の世界が広がることを師翁は予想していたようだ。「多くを学び、多くの者達と交わり、拳を磨き上げなさい」と付け加え再び参門することを誓い後にした。
「三年かかっても良師を探せ」と武諺にある。
我は八年かかった。全ての答を得るべく我は京へ上ることを決意した。
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